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福島地方裁判所 昭和41年(ワ)54号 判決 1969年7月21日

原告 渡辺金物株式会社 外一名

被告 国

訴訟代理人 岸野祥一 外二名

主文

一、被告は、原告渡辺金物株式会社に対し、金一一六万六九九八円およびこれに対する昭和四〇年八月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は、原告株式会社前川金属工業所に対し、金四〇万一〇六六円およびこれに対する昭和四〇年八月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、小松製作所は、昭和三九年一〇月一一日仙台法務局所属公証人三笠義孝作成の昭和三五年第二六九〇号公正証書の執行力ある正本にもとづき、福島地方裁判所郡山支部所属執行吏大塚勇雄および宗川執行吏代理に対し、安河屋金物店に対する有体動産強制執行を委任したこと、宗川執行吏代理は、郡山市所在の安河屋金物店第一ないし第三倉庫において、その所有にかかる別紙目録記載の有体動産を差押え、同月二四日これを競売し、記野亨が競落したこと、右差押物件の執行吏の評価額は総計一七八万九三三三円であり、競落価額は総額一七万円であつたことは、当事者間に争いがない。

二、本件差押物件の評価および競売の経緯

<証拠省略>を総合すると、つぎの事実が認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(一)  前示のように、昭和三九年一〇月一一日、宗川執行吏代理は、金物卸売業を営む安河屋金物店に赴き、別紙目録(一)ないし(三)記載の物件を含む在庫商品の差押をしたが、物件が多量であつたので、右会社代表取締役斎藤久栄から、同会社が同年九月末ごろに行なつた商品在庫調査の雑記帳を借り受け、その数量を三割減じたうえ、これに記載してある商品およびその評価額を転記して差押調書を作成した。

(二)  同月二四日、宗川執行吏代理は、競売に先立ち、心当りに四か所ほど競売があることを電話連絡したが、実際は債権者小松製作所の代理人長谷昌孝、佐藤健一外二名、債務者代表者斎藤久栄、記野亨が出席し、まず、安河屋金物店の倉庫に保管してある差押物件を一とおり見たところ、差押物件の一部が紛失していることを発見したが、紛失物件を追究し、残存物件を特定することなく、単に差押調書の物件目録によらないで、現存物件を一括して競売に付することとし、安河屋金物店店舗二階の応接間で競売を開始した。競買の申出は、右佐藤健一と記野亨のみによつてなされ、前示のように、記野亨が一七万円で競落した。小松製作所は安河屋金物店とは営業種目を異にするものであり、記野亨は、執行吏役場に出入し、差押の立会いにあたつたり、動産競売に参加し、競落することを業としている者である。

(三)  債権者からも債務者からも、競売の延期を求める意思表示はなされなかつた。

(四)  競売物件については、これを個々に特定することはしなかつたので、競売調書の物件目録は、競落人である記野亨からの報告にもとづき、差押調書の物件目録から、報告された物件をぬき出し、それぞれについておおむね評価額の一〇パーセント前後の価額を記載し、全額で一七万円になるように操作して作成した。

(五)  右競落価額は、執行吏の評価額の一〇分の一にみたず、本件差押物件目録の評価額の総計四〇〇万七七〇二円からすれば、約四・二パーセントにすぎない。

(六)  記野亨は、右競落物件を、競売期日の四日後、影山信明に四〇万円で転売した。さらに同月二六日同一債権者債務者間において、安河屋金物店店舗で家具類および商品について差押がなされ、同年一一月四日右差押物件の競売がなされたが、その競落価額は四〇万円であり、執行吏の評価額三八万九九二〇円を上廻つた。

三  被告の不法行為責任について

差押動産の換価方法として公の競売を行なうのは、多数の競買人から自由に高価の申出をさせることにより、最も公正にかつできるだけ高額の買価が成立するという前提に立ち、債権者および債務者の利益を保障しようとするものであるから、執行機関である執行吏は、適正な手続によるべきことは当然であるが、同時にできるかぎり高価に目的物件が換価されるようにつとめるべきであつて、社会通念上明らかに不相当な低額の申出がなされた場合には、競落を拒否することができると解するのが相当であり、再度の競売期日を開いてより高価な競売の申出を待つ等適切な換価がなされるような手段を講ずべき注意義務があるというべきであるが、本件においては競売物件が大量の商品であり、しかも後に認定するように集中豪雨による浸水のため一部被害を受けた商品も含まれており換価し難い面もうかがわれるのであるが、前認定の事実関係において、とくに競売物件の数量も確認することなく僅か二名の競買申出人の競買申出の下に評価額の一〇分の一を下廻る価額(宗川執行吏代理の当時の認識のもとでは約四・二パーセントにあたる可能性もあつた)でなされた本件競落は注意義務に違背するものというべく、安河屋金物店に対し、本件競落によつて生ぜしめた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四  損害額について

(一)  競落物件の数量および執行吏の評価額が一七八万九三三三円であることは前示のとおりである。ところで鑑定人平井庄兵衛の評価によれば、その総額は六九一万三五六四円であることが認められ、前掲<証拠省略>により認められる個々の物件の執行吏の評価額と右鑑定人の評価額とを比較すると(なお、金物商品のメーカーあるいは卸問屋である原告の主張価額が相当信頼のおけるものであることは経験則に徴して明らかであるから、これとも参照すべきところ、右主張価額は概して鑑定人の評価額に近似している)執行吏の評価額はおおむね極めて少額であり、ある品目は右鑑定人の評価額の一割にみたないものがあり(もつともある品目は執行吏の評価額が右鑑定人の評価額を若干上廻るものもある)、競売物件が卸売商人の在庫商品であることにかんがみると、両者がこれ程にくい違うことは理解に苦しむところである。競売物件である金物商品について知識経験の深くない宗川執行吏代理が短時間に差押調書を作成したため、各物件の特定が粗雑となり(宗川証言(第一回)によれば、宗川は差押物件の品目が自らもわからないものがある)、右鑑定人が品目を誤解し、あるいは、執行吏が品目、数量、価格について移記する際誤記したものもあるであろうが、右のくいちがいを十分説明しつくすものとはいえない。ところで、右鑑定価格と原告らの主張価格との間にもくいちがいがみられるのであつて、後記の浸水による減価を考慮しなければ、右鑑定価格を原告らの主張価格の限度で本件競売物件の価格と認めるのが相当であると考えられ、この評価の方法によれば、競売物件の価格の総額は三五九万九六二六円となる。

(二)  ところで、<証拠省略>によれば、昭和三九年八月二三日夜半からの郡山地方における集中豪雨により、安河屋金物店の第一、第二倉庫に六〇センチメートルないし九〇センチメートルの浸水があつたこと、右倉庫はいずれも二階建であり、一階には主として建材類を、二階には主として家庭器具類を保管しており、右浸水により一階の保管商品の三分の二ぐらいが水につかつたこと、金物が水をかぶつた場合には全然使用にたえなくなるものもあり、商品としては価値を失うことが認められる。

(三)  そこで、宗川執行吏代理の評価が債務者である安河屋金物店が昭和三九年九月作成した在庫調査の雑記帳にもとづいてなされたとの前示の事実と、右(一)(二)認定の事実とを併せ考えると、右債務者の評価は浸水による商品価値の減少を加味してその価格を記帳したものと推認することができる。(証人宗川常夫の証言によれば、宗川執行吏代理は本件差押の当時、本件競売物件である在庫商品が浸水による被害を受けたことを知悉していたが、差押物件の評価にあたつては、もつぱら在庫調査の時から差押の時までの倉出しによる商品の減量のみを考慮し三割減の数量をもつて差押物件の数量としたことが認められ、この事実からも前記の推認が補強される。)そうだとすれば、本件競売物件の時価は、少くとも執行吏の評価額である一七八万九三三三円を下ることはないと認めるのが相当である。

(四)  さらに進んで、正当に競売が行なわれた場合の競落価額について考えてみると、前示二の(六)に認定した同年一一月四日の競売において競落価額が評価額を上廻つたこと、執行吏の評価額は、本件競売物件の浸水による被害を考慮しない価格の四七パーセント強にすぎず、前示(二)に認定した浸水の状況にかんがみると、相当過少に評価したと考えられることと<証拠省略>によれば、小松製作所は本件競売物件を引き受ける場合を予想して競売期日に五〇〇万円を持参していたことを総合すると、前記の執行吏の評価額で競落されるものと認めるのが相当である。もつとも、本件競売物件が競落人である記野亨から影山信明に対し金四〇万円で転売されたことは、すでに認定したところであるが、競落価額がわずか一七万円にすぎないのであり、四〇万円であつても転売の利益は著大であるのであるから、これをもつて本件競売物件の正当な時価とみるに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、被告は安河屋金物店に対し本件競売物件の時価一七八万九三三三円から本件競落代金を差し引いた金一六一万九三三三円および本件不法行為の後である本件訴状送達の翌日である昭和四〇年八月一五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものといわなければならない。

三  <証拠省略>によれば、原告渡辺金物および原告前川金属は安河屋金物店に対し、それぞれ最終の満期が昭和三九年一二月三一日である合計金一一六万六九九八円の約束手形金債権および最終の満期が昭和四〇年二月一五日である合計金四〇万一〇六六円の約束手形金債権を有すること、安河屋金物店は、昭和三九年一〇月末ごろいわゆる産倒し、同会社に対する債権を弁済する資力がなく、また前記の被告に対する損害賠償請求権を行使せず、行使する意思もないことが認められる。

六  以上の理由により、原告らが被告に対し、安河屋金物店の債権者として、同会社に代位してなした本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、本件においては適当ではないから、付さない。

(裁判官 丹野達 佐藤貞二 堺和之)

物性目録(一)(二)(三)<省略>

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